自分のことは信用ならない 〜不要不急なお金のこと〜

 新型コロナの影響でガラッと世界が変わってしまった。今年の初め頃には想像もしていなかった日常が、今、目の前にある。「目の前」というのは比喩ではなく、ノートパソコンに備え付けられたカメラを見ながら言っている。このカメラを通じたビデオ会議が日常になり、画面の中で「はじめまして」という挨拶だって珍しくなくなった。緊急事態宣言下での自粛期間は、ビデオ会議での飲み会も何度か楽しんだ。最初は不思議な感覚に戸惑ったが、酔ってしまえばオンラインもオフラインも同じようなものだった。どんな時でも酒はブレない。などと、酒だけを拠り所にするのは危険である。だから、巣ごもりの間はずっと映画を観ていた。昔観た作品を見返したり、見逃していた作品をサブスクやネットレンタルで観まくる中で、お金について考えさせられる映画にあたった。ジム・ジャームッシュ監督の「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1992年公開)、今から30 年ほど前の作品である。公開当時に劇場で観て、全身の毛穴が開くような感動に包まれたのを覚えている。コロナ禍の今、改めて観て若い頃とは違う毛穴が開いた。

 映画について簡単に説明すると、世界の色々な都市で同時刻に繰り広げられるタクシー運転手と客のやり取りを描いたオムニバス作品、ということになるだろう。舞台となるのは、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5都市。ロスの運転手を演じるウィノナ・ライダーのチャーミングな魅力は半端ないし、ローマのロベルト・ベニーニの快演も息を飲む。そして、コロナ禍の今回、特に心に沁みたのが、ニューヨークのエピソードだった。マンハッタンからブルックリンに帰ろうとしている黒人男性と、東西が統合されたばかりのドイツの東側から流れてきたタクシー運転手の話だ。運転が下手で道も知らない運転手に業を煮やした黒人男性が運転を代わる。立場が逆転した珍しい状況で2人の間に友情めいたものが生まれていく中、やりとりの最後に次のような言葉が出てくる。

 

 「お金は必要だけど重要じゃない」

 

 ニューヨークの怖さを教えるためにわざと1ドル少なく代金を渡した客に対して、東ドイツの運転手がはにかみながら呟いた言葉である。若い頃には特に響かなかったが、「不要不急」という言葉をよく耳にするこのご時世、お金には必要なお金と不要不急なお金があるのではないか、そんな風に考えさせられた。必要な分のお金があれば本当は十分で、それ以上を求めることは不要不急、人生において重要ではない。運転手がそう言っているように感じたのだ。

 とは言え、必要なラインの線引きは難しい。グラスに半分注がれた水をどう感じるか問題だ。半分しかないと感じるか、半分もあると感じるか。スマホのバッテリーが残り50%だと、確実に「50%しかない」と焦ってしまう性分である。巣ごもり期間中に、「お金を引き寄せる法則」的な動画をYouTubeで見たりもした。必要と不要不急の線引きが出来ず、お金に振り回され気味な自分が恥ずかしい。

 

 作品の最後、黒人男性を降ろした運転手は帰り道に迷ってしまう。運転手のその後のニューヨークでの生活を暗示しているかのような終わり方だが、その表情に不安はなく、うっすらと希望のようなものが見て取れる。彼のように強くありたいものだ、と襟を正しつつも「ラクして大儲け」などと宣うスパムメールに反応しそうになる自分がいたりする。コロナ禍において改めて、自分のことは信用ならない。

スミ マサノリ
作家・映像作家

法政大学文学部を卒業後、デジタル系制作プロモーション勤務、デジタル系デザイン事務所の株式会社デジタルビイム代表取締役、フリークリエイターを経て、作家・デザイナー・映像作家・パフォーマーとしてマルチに活動中。 
執筆やデザインのほか、自作のショートコントを発表したり、“捨てられた椅子に座るシリーズ”と銘打ったTwitterでの画像投稿など、ユーモラスで独特な世界観にコアなファンを持つ。
2019年、俳優の西川瑞と表現ユニット「劇団SAIGEN」を結成。活動の場を広げている。